その場所へ

年が明け、いつもよりも少しだけ浮き足だった空気の中、
明け方まで続いた宴会の片付けや、非番で羽目をはずして体調を崩した隊士への介抱へと
忙しく立ち回っていたセイは、ふと漂う墨の香りに気付いて立ち止まった。

・・・どこからだろう。

香りを追いかけるように息を胸一杯に吸い込んで目を閉じる。
年の瀬の忙しさから、今日までゆっくりと机に向かう時間をとっていなかったことを思い出す。
胸を張り、両腕を大きく開いてすうっともう一度、香りを大きく胸へと吸い込んだ。

墨の香りは何と落ち着くのだろうか。

そう思いながら歩いていると、行き当たった先は局長室だった。
もしかしたら局長の毎日欠かさないという手習いの時間かもしれない。

時折中から明るい笑い声が聞こえる。
つい先刻まで、屯所に残った面々で新年の祝いの酒を交わしていた沖田の声も交じっている。
気になってしまい、悪いと思いながらも聞き耳を立てて膝をついた。

「…何をしていやがるんだ?」

ピタリと声がやんだかと思えば、障子がスルリと開いて低い声が頭上から降って来る。
「も、申し訳ありませんっ」
慌ててその場で姿勢を正す。
土方の冷ややかな視線が痛い。
「神谷君じゃないか。入ったらどうだい?美味しい菓子もあるんだよ」
近藤局長が穏やかな口調で声を掛けてくれた。
それだけで、ぴりりとした空気が和らぐから不思議だ。
頭を上げて中の様子を伺うと、文机の前に近藤局長が、
壁に背を預けて随分と気を許した様子で一番隊隊長である沖田が座していた。

「え、あの・・・」
「ほらほら」と沖田が手招きをする。
「はぁ・・・」
遠慮がちに中へと進むと、薦められた菓子から甘い香りがした。
「お邪魔ではなかったですか?」
局長の文机の傍らには、力強い字が書かれた紙が並んでいた。
「いや。そんなことはないよ。それを言ってしまったら総司なんて邪魔以外の何者でもない」
散らかされた包み紙の中に座る沖田に近藤が笑う。
「嫌ですよぅ」沖田は慌てて身近に散る鮮やかな包み紙を集めた。
土方が呆れたように溜息を吐く。

温かい・・・。

内と外を障子一枚で隔てただけなのに、この場所だけ別の空間にいるようだ。

こんな時間が続いたら良いのに・・・。

セイは思う。
様々な事が起こりすぎて、こうした穏やかな日常から遠ざかってしまっていた。
以前は当たり前に思えていたことが、当たり前では無くなってしまっていた。

視線を上げると、近藤が硯に筆を下ろすのが目に入った。
何故か目を離せずに、力強く運ばれる筆の軌跡を眺めていた。
「どうかしたんですか?」
黙り込んだセイに、沖田が声を掛けた。
「いえ・・・」
「そんなに珍しいかい?」
筆を置くと、自分の手元を眺めるセイに近藤が問う。
「力強いですね」
力強くおおらかで、それでいて一本芯が通っていて、とても深く温かい。
近藤の人となりが伺えるような。
「少し、意気込みすぎてしまったかな」
笑う近藤に、セイは首を振ってまた視線を戻す。

紙面の中央に『誠』の一文字。

どれだけの意を込めて綴ったのだろう。
セイには計り知れない思いもあるのだろう。
先程までの自分の考えがちょっとだけ恥ずかしくなってくる。

パシリ

セイは一つ両手で頬を挟み打った。
「神谷さん?」
突然の行動に、近藤と沖田が不思議そうにこちらを見る。
「お茶をお持ちしますっ!」
すっくと勢いをつけて立ち上がると、背後から声を掛けられた。
「持っていけ」
土方が一つ、菓子の包みをよこしてくれた。
深々と一礼すると部屋を出る。


墨の香りが薄れたところで歩みを止めた。
パシリ、ともう一度頬を打つ。

「おっし、がんばるぞーっ!!」

高々と両腕を上げて叫んだ。
「おぅ、がんばれよー」面白がって、そこかしこから入る隊士達の声に舌を出す。

自分に何が出来るか。
そんなこと考えているだけでは始まらない。
大切なのは、思いの在り処。
自分を信じて。前へ進もう。

ぐっと両手を握り締めると、床を一つ踏み鳴らして長い廊下を歩み出したのだった。

 


自分を信じて前へ意識を向けること。
それが私の今年の目標です。
そんな思いを込めた作品を年明け最初のご挨拶の品とさせて頂きました。
1年終わる頃に、燃え尽きたよ・・・と言える位にがんばれたらなと思います(笑)
今年もお付き合いの程、どうぞよろしくお願い致します。

2008.01.06 空子


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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