「天に輝く美しい星たちは、今はもう存在していないんだよ」
そう聞いたのはもうどのくらい前の事だっただろうか。

天を仰いでいるとふいに思い出される。
その存在をなくしても尚輝き続けるのは何故だろう?

何を伝えたいと輝くのだろう?

そんなことを考えてしまうのは、おかしなことなのだろうか・・・。


星の寓話 


 

巡察を終えて我先にと風呂で体を温めた沖田は、離れにほんのりと明かりが灯っているのを見つけて歩み寄った。

中には文机になにやら広げて見入っているセイの姿。

「神谷さん。何をしているんですか?」

声を掛けるが、余程集中しているのかなかなか返事が返ってこない。
沖田はこっそりとセイの頭上から彼女の視線の先を覗き込んだ。

「これは何です?」

「わっ、沖田先生っ?驚くじゃないですか」
セイの慌て様に沖田も驚いて一歩下がる。 

「すみませんね〜」
一応声は掛けましたよ。という言葉は飲み込んだ。

「山南先生から頂いた星空の本なんです。」
三日間の休暇中に行李の中を整理していた際に出てきたのは、季節ごとに描かれた星空の本だった。
天の星を生き物や物などに形容し、図解されている物だった。

山南が見せてくれた数ある書物の中でも、文字も少なく、ただただ星空の図が描かれたこの本が気に入って、
何度も借りては星空と照らし合わせて山南と空を仰ぎ見たもので、そんなにも気に入って貰えたのならと快く譲ってくれたのだった。

「今夜は新月なので、久しぶりに眺めようかと思って・・・。」 

昼間の強風と、凛とした空気のおかげか空には雲一つなく、
沈みかけた夕焼けを追いかけるように空は東から群青色に染まっていて瞬き始めた星達も良く見える。

「星にも名前があるんですね。」

「そうなんですよ。よく考えたと思いませんか?」

楽しそうにセイが言う。

夜空と本の中を順繰りに見る様子が可愛らしい。

「季節によって見える星は違うんですよ。今は・・・、こちらですね。」

嬉しそうに頁をめくり語るセイの手元を覗き見る。

「へぇ」

「星を道標に時間や方向を知ることができるそうですよ。」

覚えたら京の街中でも迷いませんよね。

とても楽しそうなセイの弾んだ声。

「神谷さん、この星はいつもここにあるんですね。」

沖田が頁をめくり気になった星を指差した。

「あ、そうですよね。」

縁側に出てその星を探そうと沖田が空を見上げる。
でもさっぱりわからなくてセイを振り返った。
えーっと。とセイが頁に指を滑らせる。

「どの季節でも動かずにそこにあるみたいですね。他の星がこの星を軸に回っているようです。」

「そうなんですかー。なんだか近藤先生みたいですねぇ。」

「あはは。そうですね。」

沖田の予想もしない言葉にセイは小さく吹き出した。

「変なこと言いました?」

「いえ。」

空の中心には天子様でなく、将軍様でもなく、近藤局長と言い切る沖田に、らしいなぁと思う。
 

「ねぇ、神谷さん。久しぶりに散歩に出掛けませんか?」

「え?」

「『百聞は、一見に如かず』でしょう?」
星がこんなに綺麗な夜なのですから。

沖田子供のように笑う。
「はいっ!」

セイは本を閉じると手早く身支度を整えて後を追いかけた。


「これは絶景ですねぇ。」

のんびり歩いて行き着いた先は、民家も疎らな小高い丘の上。

明暗様々な星が夜空に輝いている。

星の明かりだけでも歩けてしまいそうなそんな空。

星を追って随分歩いてしまった。

「神谷さーん。」
手招きされて歩み寄ると、沖田に促されて腰を下ろして空を見上げる。

「近藤先生のような星はどれでしたっけ?」
沖田が満天の星空からはその星を見つけられず、右へ左へと視線を流す。

「えーっとですね」
目印になる柄杓型の星を探す。
指を開いて間隔を覚えると、その指を五回程ずらしていく。
そんなセイを沖田は不思議そうに眺めていた。

「あれですよ、沖田先生」
指を指した先には周りよりも明るい星が一つ。
見つけられたことに気分をよくしたのか、セイの声がいつもより高くなった。

「綺麗ですねぇ・・・。」
思えば久しく星空を見上げることはしていなかった。

「良いものですねぇ。」
沖田はゴロリと体を横たえた。
こぼれ落ちてきそうですね。言いながら両手を伸ばす。

「そうですね。」

セイは覚えたての星の名前を呟いた。

沖田は聞きながら「なるほどぉ。」とよく笑う。

「そうですねぇ、あれは永倉さん、原田さん、藤堂さんみたいですよね。仲良く三つ並んでますから。」

指を指し、楽しそうに沖田が言う。

「本当ですね」

顔を見合わせてクスリと笑う。

「あの星が近藤先生なら、あれは土方さんかな」

次々と星達に新しく名前を付けていく。

「では、あれは沖田先生?」

セイも一緒になって星に名前を付けていく。

しまいには『葛きり星』や、『あんこ餅星』まで出来てしまった。

ひとしきり笑い合って嘆息。肌を撫でる夜風が心地好い。
土の匂い、草花の香り。胸いっぱいに吸い込むと何だか落ち着ける。
なんと言っても隣には沖田がいる。
それだけで、セイには幸せなことに感じられた。

星にも命があって、命尽きる間際には一層強く輝きを放つと山南から聞いたことがある。
頭上に輝く星たちは、今はもう存在しないかもしれないということ。
光がこちらに届くまでに、それだけ遠く離れた場所にあるということ。
星達の存在意義とはなんだろう・・・?

沖田はあの星に局長をなぞらえた。
それはセイの中にわずかな不安を生んだ。
 
 

「あ、流れ星ですよ。神谷さん!」
見上げると、幾筋にも流れるほうき星。
 

「はい。」 

「綺麗ですね・・・。」 

「・・・はい。」 

(・・・なんて綺麗なんだろう。)

セイは視界がぼやけるのを感じた。 

そのまま空を見上げて腕を伸ばす。 

何かを残そうとしているんじゃない。 

でも、自分たちは確かに今、此処にいる。

自分たちが歩んだ道を礎に、未来が明るくあればそれで良い。

悠久ではないからこその輝きが此処にあるのではないかとセイは思う。

流れる星々を見送ると、力強く袖で目元をぐいと拭う。
隣に横になる沖田との距離を少しだけ縮め、右側に感じるほんのりとした温もりを覚えておこうと思うセイなのだった。

2009.08.29  空子

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