幸せな愛しいあの日々は、時と共に色のない遠い昔の悲しい思い出になってしまう。


 

振り向けばそこに



「兄上、父上・・」

セイは一人、建ち並ぶ家屋の中にぽっかりと不自然に空いた空間に佇んでいた。

手を合わせてから敷地内へ入る。

以前は近寄ることもできなかった場所だったけれど、時には生前父・兄が好きだった菓子を持ってきたり、

その時期折々の花を持ってきたりと近頃は足を運べるようになっていた。

嬉しいことがあった時、落ち込むことがあったとき。

何かあると訪れている。



一つ息を吐いて地面に座り込んだ。

かつて裏庭だったその場所はセイのお気にいりの場所で、兄が竹刀を振るのをよく眺めていたものだった。




「・・・同士が斬られたんです」



誰に話しかけるわけでなく、セイがポツリと語り始める。



自分と間違われて。背格好が似ていたというだけで。

 

思い出すだけで胸が痛い。



ポタリポタリ



握り締めた手の甲に涙が落ちた。




なんでこんなことが起こるのだろう?


人の生死が日常で・・・。本当はこんな毎日を望んでいたはずではなかった。

それでも自分にできることを精一杯努めてきた。

けれども思うようにはいかなくて、追いつけなくて、歯痒くて、腹立たしくて・・・。



「くっそー」



セイは小さく呟いた。

『真の武士になる』

そう言えた以前の自分が懐かしい。



今は、色々なことが起こりすぎて自分が向かいたい先すら見えなくなっている。




(こんな時、兄上ならばどうしたでしょうか・・・)




セイは膝を抱えてうずくまった。




(父上なら、どうおっしゃったでしょうか・・・)




困った顔をしてセイをたしなめたかもしれない。

浮かぶのは父・兄の優しい瞳だった。



「どうして・・・っ」



怒った顔でもいい。

側にいてほしかった。もし叶うのなら遠くからでも。

こんな思いをするくらいなら、いっそのこと一緒に逝きたかった。

考えてはいけないことだとはわかっている。口に出したこともない。

 

「あにうえ。どうして・・・」

 


 

 



 



「やっぱりここにいたんですか・・・」

沖田はくったりと寝入っているセイを見つけると起こそうと手を延ばす。

「あにうえ・・」

呟かれた言葉に沖田の手が止まった。

セイが何かあるとここを訪れているのは薄々気付いてはいた。

いつまでも避けられることではなかったと思っているし、いつか乗り越えられるものと信じている。

でも・・・、

「・・・まだ、つらいですよね」

もしあの時、事件をくいとめられていたら、彼女には別の人生が待っていたかもしれない。

女子としての幸せな生き方があったと思う。でも、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がないのだ。

ならば、せめて見守ってやろうと思う。

「神谷さん、起きてください」

「ん〜。・・ん?」

ガバリと起き上がると慌ただしく身なりを整える。

「あ、あの。私・・・」

「たまたま通り掛かったら見慣れた姿がありましたので・・」

「・・そうですか」

「・・この土地に新しく家が建てられるそうですね」

沖田が隅々を眺めて言った。

「ぇ?」

「原田さんに聞いたんです」

「・・・そう、なんですか。本当に、お別れなのですね」

セイは俯くと唇をかむ。

最後の繋がりもなくなってしまうのかと思うと悲しくて涙が溢れた。

 



「・・・申し訳ありません」

しばらくして顔を上げ、後ろを振り向くと、少し困ったようなどこか寂しげな瞳があった。



「・・・沖田先生」


(私、一人じゃないんですね)


沖田がいて、皆がいて・・・。

ココにいなければ、今の自分はなかった。

皆に支えられていたからこそ今の自分が在る。

振り返りつつ、前を見つめて進んでいけば良い。



少し・・・軽くなった気がした。

 

「沖田先生、走りましょう!」

「え?」

「遅くなってしまいましたしっ」

「あ、はいっ」

セイが走り出すのを沖田が追いかけた。

 

前へ進んで、ちょっと疲れたら立ち止まって。

進めなくなったら後ろをふり向いて、戻ってみたりみたりして愛しい人達を思い出す。

それで良いと思う。

 

そうしたら、もう一度前へ進めるだろう。

色のない遠い昔の愛しい思い出が鮮やかに色を取り戻す。

 

 

秋だからでしょうか。
ちょっとしんみりなお話で。。。

「平川地一丁目」の曲を聴いていてお話が浮かびました。
とても良い歌です(*^∇^*)

2005.10.12 空子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 

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