『うさぎ　うさぎ　何見て跳ねる　十五夜お月様　見て　跳ねる』 兎は月に帰りたくて　自分はここだよぉ　ってお友達を呼んでるの？ ここにはいたくないのかな？   それは　幼い日の小さな疑問   十五夜お月様   屯所敷地内。 厳しい隊則に隊務。がんじがらめの日常の中にあり、 世情を忘れるのも哀しいと新選組局長の計らいで、日頃の功労にと月見を兼ねて酒宴が開かれていた。 「あれ？」 総司は辺りを見回した。 傍らにセイの姿はなく、いつものようにせっせと回りの世話を焼いているのかと思えばその様子もなく・・・。 （どこに行ったんでしょうねぇ） 勧められるままに久し振りにいつもより少し多く呑んで体も火照っていた為、風に当たろうと席を立った。   「う〜ん、いないなあ」 ぐるりと敷地内を歩いてみたがセイの姿はなかった。 （散歩にでも出たんですかねー） 一緒に連れていってくれれば良いのに。 肩を落としたときだった。 くしゅん どこからともなく小さなくしゃみ。 でも辺りに人の気配はなくて。 （ん？） 目を凝らすと薄暗闇の中、見慣れない梯子が一つ立て掛けられている。 「・・・」 しばらく考え込んだ後、総司は思いついたように梯子に足を掛けた。 「まさかと思って登ってみれば・・・」 月の明かりに照らされて、セイが大の字になって寝転んでいた。 「こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」 声を掛けてよいしょと屋根に上る。 満月の月明かりが足下を照らしてくれるおかげで難なくセイの元まで辿り着いた。 「神谷さん？」 応える気配がないので顔を覗き見ると、酒が入り上気した頬のまま寝入っているようだった。 風邪を引かないようにと綿入れを着ていたけれど、いつからここにいたのか触れた頬は冷たかった。 「ん〜」 セイが小さく身動ぎする。 （子どもみたいですね〜） 反応が可愛らしくて起きないのを良いことにまた頬に触れようとした。 ガバッ 突然体を起こしたセイに総司は体を引く。 「か、神谷さん？何でこんなところにいたんです？」 叱られると思い、反射的に身構えるとクスクスと小さな笑い声。 「・・・昼に大工さんがここに登っていたんです。気持ち良さそうで、眺めも良くて・・・」 セイの視線の先には隊士達の姿。 「本当ですねぇ」 「でしょ〜？」 楽しそうに笑うセイはまだ夢の中の心地なのだろうか。 「・・・・」 セイの顔を見ることができなくて、総司はまた地上に視線を移す。 「それに月が・・・」 「・・・月？」 言われて月を仰ぎ見る。 セイが手を伸ばした先に輝く月はとても見事な満月で、 昔、姉達と一緒になって歌った童歌を思い出した。 『うさぎ　うさぎ　何見て跳ねる　十五夜お月さん　見て　跳ねる』 「月が、とても綺麗で・・・」 セイが月に向かって手を伸ばす。 その様子が月を恋しがる兎のように思えてしまう。 「神谷さん」 急に寂しくなってセイを呼んだ。 「はい？」 振り向いたセイは満月を背に、その光に照らされて今にもこの場所から離れてしまいそうなほど綺麗で 「神谷さん！」 思わず手を伸ばす。 セイは不思議そうな顔をして総司を見た。 （ココにあなたを残してしまったこと、実は後悔してるんです・・・・） 本当は、誰よりも幸せになって欲しい。 その為にはココに居てはいけないことはわかっていた。 それでも、追いかけてくる彼女を振りきることが出来なくて・・・。 （本当は、あなたも後悔してるんじゃないんですか？） 「・・・・・・・・・」 「先生？」 何も言わない総司に、セイは捕まれたのと反対の手で総司の頭をポンポンッと叩いた。 「か、神谷さん？？？」 驚いた総司にセイは満足そうに、にんまりと微笑むと、またパタリと寝ころんでしまった。 （考え過ぎですかねぇ・・・・） 兎は、楽しくて跳ねていたのか、それとも月に帰りたかったのか・・・・。 （神谷さん、あなたはどうなんでしょうね） 屋根の傾斜に任せてずり落ちそうになるセイの体を慌てて抱えて月を仰いだ。 （今しばらく、このままでいて良いですか？） 満月に問いかける。   くしゅん   小さくくしゃみしたセイを抱え直すと、腕の中にある存在に少し安心したのだった。     歌人、穂村弘さんの 「十二階　かんむり売り場でございます」月のあかりの屋上にでる という歌から浮かんだ小話です。 月＝かぐや姫　かなとも思ったんですが、セイちゃんの場合かぐや姫に繋がりませんでした＾＾； 総ちゃん・セイちゃんだと少し切ない感じになってしまいましたが 本当は歌から受けた印象は、かわいい御伽話のようだったんです。 二人の関係ではまだそれはないなと・・・（゜дÅ） カワイイ感じでは、どこかで書きたいと思います＾＾ ２００５．０３．０２　空子