風を掴む
セイは息苦しくて目が覚めた。
もう冬も近いというのに体中汗をかいている。
握り締めた拳の上にパタパタと落ちるのは汗だけではなかった。
あの件以来、たまにこうして夜起きてしまう。
回りに気付かれないようにこっそり泣いていつの間にか眠るのだ。
試衛館出身の面々は、時間ができるとここへ足を運んでいることをセイは知っていた。
ここに藤堂が眠っているからだ。
「笑っちゃうよなー平助」
今日は比較的暖かく、時間を持て余していた原田と永倉が訪れていた。
懐かしそうに江戸での話をする二人。
月命日に参ろうと来てはみたが出るに出られなくなってセイは踵を返した。
足は自然にある場所へと向かう。
山南が眠る場所。
その隣には・・。
「ついでだから中村五郎にもやるよ」
しゃがみ込むと懐から包みを出して干菓子を置いた。
『ありがとう』
そう答えただろう中村の笑顔が浮かぶ。
最後に中村は笑っていた。
彼はこうなることを分かっていたのかもしれない。
彼は武士として散っていったのだ。
セイは考える。
彼と本気で向き合ったこと、あっただろうか・・・。
「もっと、たくさん話しておけばよかったよな」
しゃがみこみ、刻まれた名前を撫でた。
最初の印象は確かによくなかった。
だけど、知っていくと思いのほかまじめな彼は勉強熱心で、
いろいろ話してみればきっと楽しかったに違いない。
「いっぱい稽古しておけば良かったよな」
年齢も背格好も他の隊士に比べれば近かった。
色々と学ぶところがあったかもしれない。
後悔ばかりで・・・。
「なあ、稽古付き合ってよ」
久しぶりに言葉を交わす彼はまた少し大人びていた。
「あぁ、良いよ」
セイは頷いて後に続いた。
誰もいない稽古場に竹刀がぶつかり、はじく音だけが響く。
「わっ!」
汗で滑ったのか中村がドシンと尻餅を付いた。
「・・・なにやってるんだよ」
ぷっつりと集中力が切れたような中村にセイはらしくないと声を掛けた。
「ごめん」
元気のない中村の様子に
これ以上は稽古にならないだろうとセイは竹刀を片付ける。
「神谷ー」
「なんだよ」
背後からの呼び声に生返事を返す。
「ありがとうな」
「?」
振り向くと、中村は大の字になって天井を見上げていた。
片付けを終えて側によると同じように大の字に寝転んだ。
ひんやりとした床が上気した体には気持ち良い。
「・・・・」
隣をチラリと盗み見る。
彼は天井の一点を見つめて視線をはずさない。
セイにはなんとなく、中村の様子がおかしい理由が分かっていた。
あまり表だっては騒がれないけれど、噂があった。
御陵衛士に汲みするものが隊内にいる、と。
その噂話の中には中村の名前もあった。
「・・・」
お互いに言葉を交わすでもなく静かに時間だけが流れる。
「・・じゃ、俺行くわ」
突然中村が立ち上がった。
セイは咄嗟に中村の袖を掴んでいた。
「行くな」
中村をにらみ付ける形で言う。
中村はポカンと目口を開いて驚いたようにセイを見た。
「か、みや?」
「・・・行くなっ」
握り込む手に力が入る。
「・・・ありがとう」
握り込んだ手に暖かな中村の手が添えられた。
「・・・神谷に、会えて良かった」
肩をポンッと叩かれる。
セイはゆるゆると手を放した。
顔をあげると照れくさそうな、それでいて意思の強い今までに見たことのない満面の笑顔。
セイは何も言えず、道場を出る中村を見送ることしかできなかった。
数日後、彼は殉死する。
(あの時、止めることができたなら・・・)
視界がぼやける。
(亡くしたくは、なかったんだ・・・)
セイはしばらくはらはらと流れる涙を拭いもせずにその場に佇んでいた。
ひとしきり泣いた後、寺を後に歩きだす。
空を見上げる。
雲もなく、清々しいほどの青空は、まるで彼の澄んだ心のようだ。
辻に差し掛かる。
セイはピタリと歩みを止めた。
二つに分かれた道を交互に見る。
「・・・私には何ができるのかな」
貫き通すと誓いを立てたことがある。
それは、沖田を守ること。
それが敬愛する局長を、新選組を守ることに繋がるのだから。
貫くことができるのだろうか。不安に思うこともある。
「っ?!」
背後から風に押された。
その勢いに乗って一歩踏みだす。
・・・彼が背中を押してくれた気がした。
「神谷は神谷の道を行けよな」
そう言われた気がして大きく頷くと、屯所への道を駆け出した。
五郎君の合葬碑を見て、この話が浮かびました。
「風を掴む」という言葉は、手がかりがなくて掴まえどころがないという意味と聞きました。
でも逆に「風にしたがって時が流れた」ような気もします。
色々な葛藤の上の決断だったんだろうなと。
できればね、セイちゃんを見守って欲しかったです。
でも彼には彼の生き方がありますもんね。
う〜(泣)
幸せになって欲しい人の一人です><
2006.05.13 空子
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