鳴
太陽が頂点に昇る暑い午後、左之助は家を出る。 「行ってくるぜ。遅くなっても泣くなよ。おまさちゃん♪」 「なに言うてんの。早よ行き」 くしゃりと頭を撫でられて笑顔で出ていく左之助に唇を尖らせて抗議する。 鼻歌を歌いながら家を出る左之助を、姿が見えなくなるまで見送った。 (・・・どうか、今日も無事に帰ってきて)
背後から、急に影が差した。 「ええんよ。あんたがさしとき」 まさを気遣って家から千代が日傘を持ってきていた。 「お嬢様・・・?」 ニッコリと微笑むまさに、千代は思わず見惚れてしまった。
左之助がいない時、まさは千代を相手に以前と変わらない一日を過ごす。 散歩をしたり、姉のところへ行ったり、習い事に出向いたり・・・・。 楽しいはずの自分の時間どこか上の空で過ぎてしまった。 一日の疲れを湯に浸かって落として鏡の前に座る。 まだ乾ききらない髪に指を通した。 ずっと、好きになれなかったくせっ毛。 また増えてしまったそばかす、兄にそっくりなこの顔。 全部好きだと言って撫でてくれた。 「・・・・左之助はん」 怪我をしていないか、斬られてないか・・・・。 いつも不安がつきまとう。 (もう戻っても良い頃なのに・・・・) 「お嬢様、そろそろ休まんと」 「先に休んどき」 「へぇ・・・」 眠そうな千代を下がらせて、まさは開いた障子から外の月を見上げた。
「ん・・・・」 ひやりとした感覚にまさは目を覚ました。 「起こしちゃったか」 「左之助はん・・・?」 待っていようと思っていたのに、 いつのまに寝てしまったのか慌てて起きあがる。 「いいよ」 まさを制して左之助も隣に横になる。 大きな手がくせっ毛を撫でた。 気持ちよくて目を閉じる。 左之助の手は隊務の後水を浴びてきたのか、この暑い最中とても冷たい。 せっかちで、がさつで、いつも態度の大きな東夷。 今日は何だか様子が違う。 (・・・なんかあったんやろか・・・) 何も言わないけれど、何となくそんな気がした。 手を伸ばして濡れた左之助の頭を撫でると、 左之助はちょっと驚いたように目を開き嬉しそうに笑った。 そっと腕を伸ばして冷たい左之助の体を抱きしめる。 「くすぐってぇな」 笑って、それでもおとなしくされるがままになっている左之助。 「おとなしく寝とき」 「うん」 (戻って来てくれただけで嬉しいし・・・・・) それだけで充分。 左之助の規則正しい寝息が聞こえるまでしばらくそうしていた。
突然に訪れたこの恋は、自分を大きく変えた。 自分を好きになれた。相手を思いやる気持ちを知った。 たぶん、これからもいろんな自分を知るのだろう。 「幸せにしてな」 子供のように眠る左之助の頬にそっと口付けた。
2004.03.20 空子 |
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