「斉藤先生!」
「か…神谷っ。危ないだろうが」
慌てて剣を握り直す。
「失礼しました」
一息ついて隣りを促すと、セイは頭を下げて腰を下ろした。
ちらりと視線を投げると、セイが可愛らしく首を傾げる。
そう映ってしまうのは、修行が足りないということなのだろうか…。
もしも君が・・・
どうしたものか…
先程から同じ場所を行ったり来たり。
目的地はすぐそこなのに、どうしても一歩が踏み出せないでいた。
斉藤は松本法眼の住まいを見上げると小さく息を吐く。
「メースに何かご用でしょうか」
声を掛けられて振り向くと、重そうな荷物を抱えた若い医師が立っていた。
確か南部と言ったか…。
「…手伝おう」
恐縮しきる南部から荷物を引き受けると、覚悟を決めて家屋の中へと入っていった。
「どうぞこちらへ」
通された先は法眼の自室だろうか、書物が乱雑に転がる、お世辞にも整っているとは言えない部屋だった。
本人には何がどこにあるのか理解で来ているのだろう。視線を外さずに手が方々に伸びる。
その様子が興味深く、入口に立ち止まったまましばらく眺めていると、机の書物から目を離さずに手だけで入れと合図される。
「おぅ。えーっと確か斉藤だったな」
首だけこちらを向き突然名指しされて戸惑う斉藤に法眼は気にするでもなく続ける。
「なんだ、体調でも崩したか?それならよく食べて寝ておけ」
豪快に笑いながら医者らしからぬ物言いで言い放つ。
斉藤は一つ溜め息を吐くと小さく口を開く。
「神谷のことなんだか…」
一間置いた後に口にした神谷の名前に反応した法眼は本を閉じると斉藤に向き直った。
その様子から全て解っているのだろうということがわかる。
「なんだ、ばれてしまったのか」
驚くこともなく松本が言う。
「お前さん察しが良いいなぁ」
清三郎もまだまだだなぁ〜。呑気に言いながら茶をすする。
「…どうする気だ?」
女だと露見してしまえば今の神谷をとりまく環境は一変するだろう。
士道に背く大罪として切腹ということにもなりかねない。
「そうさなぁ。あいつが望んだ道だ。俺ぁどうもしねぇがな。ただ…」
「ただ?」
「共犯者がいてくれたらとは思うがな」
斉藤を見据えてニヤリと笑う。
「何を…」
何を言い出すかと思えば共犯者になれと…?
「あれはとても世話になった人の子だ。俺も心配でな。お前さんがみてくれりゃ安心なんだが…」
何を言ってるんだ?
斉藤は訝しげな視線を松本に向ける。
悪いが自分は神谷に対して少なからず想いもあるのだ。
女と解ってしまっては尚更今までのようには接する自信はない。
何とか穏便に隊から外させる方法を考えるべきではないのだろうか…。
「沖田はなあ、少しばかり頼りねぇしなぁ…」
(沖田さん?)
その言葉に斉藤は覚悟を決めた。
「…承知した」
「そうか、そうか」
部屋の外に漏れる程の高笑いに斉藤が苦笑する。
この人には敵わない。
「お前ぇも不憫な男だよなぁ」
小さく呟いた法眼の言葉を聞き取って、斉藤は唇を引き結んだのだった。
「…先生?」
常にない斉藤の様子に気付いたのか、セイは首を傾げてる。
用意してくれた茶を勧められた拍子に覗いた白い手首には、もう消えることはないだろう手抜き緒の痣。
(これからも武士として生きるのだな)
これが神谷の覚悟に繋がるのかもしれないと斉藤は溜め息を付いた。
「…いや。あんたこれから暇か?」
「はい」
考えるでもなく応えるセイの無防備さに、斉藤は少し心配もあったが、
相手が自分だからだろうと良い方に考えることにする。
「呑みに行くか」
「はいっ」
屈託なく笑うセイの頭をくしゃり。
「兄上?」
応えずに道具を片付けると、思い通りに仕上がった大小を抱えて立ち上がったのだった。
「もしも君が、女性だったなら」
でお話進めました。
セイちゃんが女の子だということ気づいたら、斉藤先生はどういった行動をとるのかなと思ったりしませんか?
2007.02.17 空子