小確幸

 

「熱心だね、神谷君」

夕餉を終えて、小姓の身分であるセイには都見回りの任務はなく

掃除もあらかた終えてしまっていたので、読書に没頭していた。

「あ、山南先生。おかえりなさいませっ。今お茶でもお持ちしますっ」

慌ててセイが立ち上がった。

「いいよ。平助達と菓子をいただいたところなんだ」

お土産とばかりに一つ、セイへと差し出した。

セイが大好きな、甘い甘いお菓子。

「何を読んでいるんだい?」

「少しでもお役に立てればと・・・・」

読んでいたのは簡単な医療の本。

刀や体術の知識に長けた隊士は多いけれど、

医療に関しては深い知識を持った者が少ないことを最近知った。

何かとケガの多い新選組。

医者ではないけれど、知っていて損はないと思ったのだ。

医者の父の手伝いをしていたおかげで

医療の本を読むのにあまり苦はなかった。

「ほどほどにするんだよ」

「はい」

ニッコリ微笑んで、山南はついたての向こうへと消えていった。

やがて、紙に筆を走らせるサラサラという音が聞こえてきた。

何か仕事が残っていたのかもしれない。

セイはその音を聞きながら、また書物へと目を戻した。

 

 

「神谷君、お茶にしないかい?」

一刻ほどたった時、ついたての向こうから山南が声をかけた。

「あ、はい。すぐにお持ちしますっっ」

 

 

(あーもう、私ってば気が利かない〜っっ)

パタパタと廊下を小走りに駆けながらセイは頭を軽く叩いた。

医学書がおもしろくなってしまって刻を忘れてしまっていたのだ。

「あれ、神谷。むずかしい顔してどうしたの?」

部屋からひょっこりと顔を出した藤堂に声を掛けられた。

「山南総長にお茶を・・・・」

「そか、それならこれも持って行きなよ。おいしいよ」

はい、と手渡されたのは先ほどのお茶菓子。

両手に余る程だった。

「ありがとうございます♪」

「どういたしましてー」

藤堂に見送られて、茶の支度に急いだ。

 

 

「はは、平助に捕まったんだね」

「こんなにたくさん頂いちゃいました♪」

湯飲みが隠れるほどのお菓子の数。

「・・・・少し話をしようか」

思い出したように山南が口を開いた。

「?」

セイが首を傾げていると、山南がサラサラと筆を走らせた。

紙には『小確幸』とある。

「昔読んだ書物の中に、こういった言葉が出てきてね」

「はい」

セイは興味津々に耳を傾けた。

「どう読んだら良いんだろう、どういう意味なんだろうって考えたんだ」

「・・・はい」

それはとても傷んでいて、内容もわからない本で・・・。

「ただその言葉だけが目に飛び込んできたんだよ」

セイは意味がわからず首を傾げた。

「こう、嬉しいことが起こったりするとこの言葉を思い出すんだ」

山南はゆっくりとお茶をすすった。

セイにはますますわからない。

「それは、とても小さなことなんだけど確かな幸せで・・・」

(あ・・・・・)

セイは山南を見上げた。

山南が笑う。

「こういう刻が続けば良いと思うんだよ」

湯飲みの温もりを感じてホウと一息。

(こういうことかな・・・?)

セイは湯飲みと山南を交互に見た。

「・・・私もそう思います」

山南がセイの様子を見て微笑む。

「そう解釈したんだよ」

菓子を勧められて、一つ口に運ぶ。

とてもおいしいお菓子。

尊敬する山南との穏やかな一時。

 

毎日が死と隣り合わせの不確かな日々。

まだまだ訪れない平和な世の中。

 

そんな中で過ごせるこんな一時。

「私も同じです」

ありがとうございますと頭を下げた。

二人でしばらく雑談をしていたら原田や沖田も部屋にやってきて

久しぶりにたくさん話して、たくさん笑って・・・。

 

セイは山南に教えてもらった言葉を忘れないように

心に書き留めた。

 

村上春樹さんのエッセイにあった言葉です。
うろおぼえなのにどうも頭から離れない『小確幸』という言葉、
ニュアンスで受け取ってもらえると嬉しいです^^

2004.02.11 空子

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