花の憂い    
〜1万HITお礼フリー文〜


「やめろっ!」

聞きなれた声の切羽詰った響きに一瞬足を止めた土方と藤堂は
次に続いた「ぎゃっ」という苦鳴に駆け出した。

ザッと前栽を払って飛び出した場所には髪を乱し胸元を隠すようにぎゅっと握り締めた
一番隊隊士神谷清三郎の姿と、その足元に腕から血を流し蹲る大柄な隊士の姿がある。

「何があったか一目瞭然だな」

土方が吐き捨てる。
セイの手首に力任せに握り締められた跡があるのを目を細めて確認した藤堂は、
静かに歩を進めるとセイを背中に庇うように男の前に立った。

「さて、どうする? 神谷」

土方の言葉に切れそうなほど唇を噛み締めていたセイが口を開こうとした一瞬先に、足元の隊士が喚きだした。



いつもの悪乗り三人組が井戸端でわいのわいのと騒いでいる所へ、某阿修羅の君から
"天は二物を与えずの体現者"と呼ばれている一番隊組長が背中に欝を背負って現れた。

「おいおい、なぁに湿気たツラしてるんでぇ、総司」

バシリと原田に背中を叩かれた総司は、そのまま力なくよろけると井戸に半分体を落としかけた。

「うおっと、こんなトコで溺れてくれるなよ。お前が溺れ死んだ井戸の水なんざ、 腹を下しそうで間違っても飲みたくないぜ」

よいしょっと総司の体を引っ張りあげた永倉が笑う。

「う〜ん、でも剣豪のご利益があるかもなんて喜んで飲む人もいるかもよ〜?夜中に不逞浪士が汲みにきたりして〜」

藤堂の言葉に他の二人も腹を抱えて笑い出した。


「あの・・・」

ひどく頼りない声に笑いを止めた三人が振り返った先には、俯いた総司の姿。
あまりにも普通と違う様子に首を傾げながら藤堂が尋ねる。

「どうしたの、総司。何か心配事?」

「・・・神谷さん、何かあったんでしょうか? 変・・・ですよね?」

その言葉に自分が僅かに表情を動かした事に気づき藤堂は周囲を確認したが、
誰にも悟られた気配が無い事に安堵しつつ問い返した。

「神谷は一昨日から居続けだったんじゃないの?」

「そうじゃなくてっ!」

突然がばりと顔を上げて声を強くした総司に三人が思わず仰け反った。

「もう十日ぐらい前からっ、神谷さん全然笑わないんですっ! 
 いっつも土方さんみたいに 難しい顔して、甘味処に誘ってもお散歩に誘っても忙しいからって一緒に行ってくれなくて。
 私が何かして怒らせたのかって。だから斎藤さんに話してみてくださいってお願いしたのに、
 ・・・斎藤さんが呑みに誘ってもやっぱり・・・難しい顔で断られたって・・・」

段々と勢いを失って声が小さくなっていく。

「斎藤さんも心配してるのに・・・。神谷さん、話をしてくれないし・・・
 目も見てくれないんですよ・・・。・・・どうしちゃったのかなぁ・・・」

呟くようだった最後の言葉が妙に響いて三人は顔を見合わせた。

「神谷だって色々と思い悩む事もあるだろうさ。何しろ年頃のオトコだし」

場の空気を変えようと永倉が明るく言うが、総司はそのまま膝を抱えてうずくまってしまう。

「神谷さんが元気じゃないと一番隊の皆も元気が無くなっちゃうんですよ。
 隊士部屋の中がすっごく暗いんです・・・」

(いや、誰より暗いのはお前だから)という言葉を三人揃って飲み込む。


「まぁなぁ、神谷も最近苦労してるみたいだし、多少様子がおかしいのはしょうがないんじゃねぇか?」

原田の言葉に視線が集まった。

「苦労って、神谷さんの苦労って何ですかっ? 原田さん何を知ってるんですっ?」

襟元を締め上げようとする総司を、永倉と藤堂が押さえつけ原田から引き離す。

「俺もちらっと聞いただけなんだけどよ」

と前置きして喉をさすりながら原田が話し始めた。


最近入隊した隊士達の何人かがセイに懸想した事。
そのうちの何人かが直接想いを告げたが断られた事。
それに逆恨みした者が稽古でセイを痛めつけようとしたが、あっさりと返り討ちにあった事。
それからコソコソとセイを誹謗中傷する事をあちこちで言い募ってる事。

曰く、あの女子と見紛う綺麗な顔で幹部に取り入っている。
誰にでも愛想よく笑いかけるあの笑顔がくせもので、あれで幹部をはじめ男達を手玉に取っている。
花の阿修羅などという異名も、実際は男を垂らしこむ陰間の手口のようなものを使い
周囲に思い込ませたもので、剣の腕などありはしない。
沖田の念友だという事を背景に屯所内で好き勝手に威張り散らしている。
沖田の兄代わりと自他共に認めている局長副長も、沖田の手前神谷に強く物を言わない。
そんなやつに好き勝手をさせている局長副長に隊を仕切る資格が有るや無しや。

原田が口を閉じた瞬間、呆れたように永倉が苦笑した。

「お前、それは"ちらっと聞いた"程度じゃないだろうが」

「いやぁ、隊士部屋で昼寝してたらボソボソと隣の部屋でしゃべっててよぉ、
 あまりに馬鹿馬鹿し過ぎて笑えたもんで、ついつい全部聞いちまったんだよなぁ」

あははは、と笑う原田達の傍で総司と藤堂は顔色を変えていた。

「でもよぉ、ぱっつぁん。随分あちこちで神谷は嫌がらせされてるらしいぜ。
 笑ってりゃ男を垂らしこむって言われるし、怖い顔してりゃ平隊士の癖に総司の威光を笠に着て偉そうにしやがって、ってな。
 あれじゃ神谷は どうにもしようがねぇわな。女のところに逃げ込みたくなるのもわかるぜ」

まあなぁ、と頷く永倉を押しのけて総司が原田に迫った。

「誰なんですか、そんな噂を流しているのは?」

今にも剣を抜きそうな総司の腕を突然藤堂が掴んだ。

「総司、おいで」

「邪魔しないでください、藤堂さん」

「いいから来なさい!!」

自分よりも大きな体をぐいぐい引っ張っていく藤堂の背には、押さえきれない怒りが滲んでいた。



「土方さん、藤堂です、入ります!」

スパンッと乱暴に障子を開けて入ってきた藤堂と背後の総司から立ち上る怒りの気配に
土方も、その彼に何事か報告していた斎藤も目を瞠った。

「何だ、組長が二人も血相変えて」

ニヤリと笑った土方の前にドスンと腰を下ろした藤堂が、原田から聞いた話をまくしたて始めた。
その隣では総司が暴れ出しそうな怒りを無理に押し込めた仏頂面をしている。

「この噂を流してる奴等って、こないだのヤツの一派でしょ? 土方さんっ!」

憤懣遣る方無いという勢いで言い募る藤堂に、「こないだのやつとは?」と退室する機会を逃しそのまま居座っていた斎藤が尋ねた。

「神谷に口止めされてたけど、もう我慢できないよっ! 可哀想じゃんっ!」

土方が苦笑したまま頷いたことで藤堂は先日の出来事を話し出した。




「さて、どうする? 神谷」

土方の言葉に切れそうなほどに唇を噛み締めていたセイが口を開こうとした一瞬先に、足元の隊士が喚きだした。

「お前が悪いんだっ! 俺に気があるような笑顔で擦り寄ってくるから誘っているとしか思えなかったんだ!」
「でも、やっぱり皆が言うようにお前は全部わかってて俺を誑かしてたんだな。
 こんな場所で悲鳴を上げた途端、幹部が二人も飛んでくるなんて偶然の訳が無い!」
「ここで逢瀬の約束があったんだろう!にこにこ可愛らしく笑って、他にどれだけ男を咥えこんでいやがるんだ!この陰間野郎!」

セイの顔からは血の気が引き、紙のように白くなっていた。

「私の行動を貴方がどう感じようと知った事ではありませんが、先生方を 侮辱するような言動は控えてください」

怒りを押さえ込んで淡々と言葉を紡ぐセイの様子に、土方は感心したような視線を向けた。

「ははっ、何が先生方だ。稚児趣味の衆道野郎の集まりじゃねぇかっ!だが残念だったな先生方よっ」

濁った目で土方、藤堂と視線を流した男が醜く笑う。

「何より隊規の大事な副長様だ。この現場を見た以上、私闘を起こした神谷も俺と一緒に切腹だ!
 あんた達の可愛い可愛いお稚児様は、俺があの世へ連れてってやるぜ!」

狂ったように笑い出した男に、眉を顰めた土方が腹に響く声で宣告する。

「一つ、士道に背くまじき事! 士道不覚悟につき処断する。平助!」

土方の言葉にぎょっとした男が顔を上げるのと同時に、藤堂の腰から鞘走った白刃が男の首を落とした。

懐紙で刀の血を拭き取る藤堂の背後で固まったままのセイに、土方が無表情に言い放った。

「腹なんざ切ったら承知しねぇぞ、神谷清三郎」




「その後、神谷が俺と土方さんに頼んできたんだよ。総司には言わないでくれって。
 自分に隙があったから、こんな事になった。総司や皆に余計な心配をかけたくないって。
 事情が事情だから土方さんも他言しないって言ったんだ」

「言えるわけがねぇだろう。年若いとはいえ古参の隊士が新入りに手篭めにされかけました、なんざ」

苦々しげな土方の言葉に藤堂が不満そうに言い返す。

「でも神谷は全然悪くないじゃないか。人気の無いあの場所にいたのだって蔵にしまってあった予備の薬を取りに行っただけだし、
 神谷が優しいのはあの子の美点で、隙があるとかそういう事じゃないじゃないか。
 どうして神谷があんなに傷つかないといけないんだよ!」

「それが最近の神谷の異変の原因か・・・」

ポツリと斎藤が呟いた。

「そうだよ。あれから神谷、全然笑わなくなっちゃって。いっつも泣きそうな目で難しい顔を作って、
 なるべく他人に関わらないようにしてる。俺は嫌だよ! 神谷が笑わなくなっちゃうなんて。
 いつも元気で一生懸命頑張ってる神谷が可愛いのに!」

「なんだ平助、お前も神谷に惚れてるのか?」

にやにや笑いながらまぜっかえす土方に藤堂が眉を吊り上げる。

「そういう事じゃないでしょっ! 土方さんはこのまま神谷が笑わなくなっちゃっていいの?
 総司だってさっき、神谷が相手をしてくれないって落ち込んでたじゃないか?
 斎藤だって神谷を可愛がってただろ? このままでいいのっ?」

藤堂の勢いに土方の顔から薄笑いが消え、俯いていた総司が顔を上げた。

「いいわけないでしょう・・・」

どうして言ってくれないのだろう、自分があの子の一番近くにいたはずなのに。
あの子の顔から笑みが消えたのは、また知らず自分が何かをしてしまったから
機嫌が悪いのだろうと、そのうち機嫌を直してくれるだろうと思っていた。
そんな事情があったのならば、あの子の周囲に目を配るなり自分にだって
できる事があったかもしれないのに。

土方と藤堂だけが知っていて自分には知らされていなかったという事が、
セイにとっての自分が頼る価値もない相手と思われていたようで、
疎外感は寂しさを呼び、それが苛立ちへ、怒りへと転化されていく。

「いいわけないですよ!神谷さんは悪くないのに、どうしてそんなに自分を 責めるんです? 
私に何も言ってくれないで! 私はあの人の上司なのに どうして口止めなんてするんです? 
それでひとりで抱え込んで傷ついて。 わかりませんよ!」

「あんたのせいだろう」

激しかけた総司に冷水を浴びせるように斎藤が言った。

「覚えてないのか? あの、あんたが江戸東下するしないとゴタゴタした時だ。
 神谷が付文を貰った事を、あいつに隙があるからだ何だと殴りとばして叱っただろう。」

ぴくりと総司の体が強張る。

「あんたは忘れていても神谷は忘れちゃいない。相手がどれほどの馬鹿であれ、
 自分の隙が事態を招いたと真っ正直に自分を責めているんだろう。
 あれは変なところが素直で傷つきやすいからな・・・」

最後の言葉に土方も藤堂も苦笑するしかない。
総司ひとりが表情を凍らせたまま、呆然と斎藤を見つめていた。


その様子には触れず、土方が事態を収束させるために口を開く。

「神谷の中傷をしている連中の目的は隊内部でゴタゴタを起こすことだ。
 山崎が調べ上げたが、奴等は反幕派と繋がってやがる。
 あいつらに関しては二.三日中に平助と斎藤に動いてもらう」

「「承知」」

暗に処分の決定が伝えられ、二人は頷いた。

「神谷に関しては原因の一端である総司が何とかしろ」

無表情から一転、泣き出しそうな顔を見せる弟分を土方は冷たく突き放した。

「あいつが暗いと屯所全体がうっとおしくなりやがる。豆鉄砲は豆鉄砲らしく
 威勢良くあちこちで弾けさせておけ。いいな」

どうすればいいのか、と自信なさ気な総司の背中を藤堂が力づけるようにドンと強く叩いた。

「あぁ、副長」

話は終わったとばかりに退室を命じようとした土方を斎藤が押しとどめる。

「さっきの話ですが、神谷は"私闘"じゃありませんな?」

土方はニヤリと唇の端を吊り上げた。




「おセイちゃん、ほんまに大丈夫なん?」

三日前、家に来るなりしゃがみこんで放心したセイを宥めすかして
一連の事情を聞きだした里乃が心配そうに問いかける。
屯所では一瞬も気を抜けずにいたセイは、この三日間安心できる場所にいるというのに、
それでも愚痴を言おうとしなかった。
それが里乃には痛ましく見えて仕方がない。

「大丈夫だよ〜。もうね、鬼副長の仏頂面と斎藤先生の平常心をガッチリ身に着けて、
 凄みのある武士になっちゃうからね〜。その分ここにいる三日間はいっぱいいっぱい 笑わせてもらうし?」

里乃に向かってニコニコとセイが笑いかけた。

「さて、鬼に切り替えっ!!」

パンッと勢い良く両頬を手の平で叩くと一気に眉間に皺を寄せる。

「おセイちゃん、それ・・・取れなくなったらどないするん・・・」

里乃が自分まで眉間に皺を寄せた時、戸口から間延びした声がかかった。


「あの〜、神谷さ〜ん。沖田がお迎えに来ましたよ〜、帰りましょ〜」

全身が脱力するような声に、つい顔の筋肉が緩みかけたセイだったが
慌ててもう一度頬を叩き気合を入れ直した。

「沖田先生、わざわざ申し訳ありません。でもお迎えに来て頂かなくても
 神谷はひとりで帰れますので、今後はご放念ください」

ペコリと頭を下げると里乃に「また来ますね」と言い残して家を出る。
何か言いたげな里乃に向かい、総司が「大丈夫」と目配せをしてニコリと笑うとセイの背を追って歩き出した。



早足で屯所へ向かうセイの後ろを歩いていた総司が、途中でセイの手を握ると
屯所とは違う方向へと歩を進めだす。

「先生、いったい何事です? 休んでいた分、私は屯所に山のような仕事が
 待っているんですから寄り道なんてしている時間は無いんです」

相変わらず厳しい顔を作っているセイに、総司も譲らない。

「いいから来なさい。これは命令です」


ずんずんと歩むと見慣れた風景が広がり出す。

「ここ・・・壬生寺・・・」

セイの呟きに返事はせず、総司はそのまま境内に入ると本堂の前で一度手を合わせて階段に腰を下ろし、セイにも座るよう促した。
しぶしぶ少し距離を置いて座ったセイに体を向け、総司が口を開く。

「土方さんと藤堂さんから聞きましたよ。まったく貴女って人は・・・」

自分の膝元を睨みつけたまま、口を真一文字に引き結ぶセイの仕草に総司は溜息をついた。

「貴女が悪いわけじゃないでしょう。それなのに私にも内緒にして。
 藤堂さんが心配してましたよ、土方さんもね。神谷さんが笑ってないと 屯所が暗くなっちゃうって言ってました」

セイの両頬に手の平を添えて自分の方に顔を向け、眉間の皺を伸ばすように何度も親指でさすった。

「だって私に隙があったから、あんな事になって・・・」

「それに関しては斎藤さんに叱られました。神谷さんに懸想するのは相手の問題で、
 それで以前貴女を責めた私が間違っていると。私も反省してます」

情けなく眉を下げたまま、ごめんなさい、と謝る総司にセイは再び眉間の皺を復活させた。

「でも、私のせいで先生方まで色々言われてて、私が頼りないから・・・。
 私がもっとしっかりした武士であれば、先生方が稚児趣味なんて失礼な事を言われなかったのに・・・」

涙を堪えようと益々眉間に力が入るセイに、総司は溜息をつきながらすりすりと皺を伸ばす。

「ほら、もう・・・クセになりかけてるじゃないですか。可愛い顔なのに、
 土方さんみたいな皺を作ったら駄目ですよぅ」

「先生まで可愛いとか言わないでくださいっ! 私は鬼副長の仏頂面と 斎藤先生の平常心を身につけると決めたんですからっ!」

セイの言葉を聞いた総司こそ不機嫌全開の仏頂面と化した。

「やめてくださいよ。そんな可愛気の無い神谷さんなんて嫌ですよ。
 貴女はいつも楽しそうに笑って鬼のように怒って、子供のように泣き虫な 素直で温かいところが良いんですから。
 それがわからない人達なんて 放っておけばいいんです」

「でも・・・っていうか、鬼のように怒るって何ですかっ? 失礼なっ!」

セイの吊り上った眉を見て、ようやく頬から両手を離すと総司が笑った。

「それそれ、そうやって自分の感情に素直な貴女が一番ですよ」

嬉しそうな総司の様子にセイの怒りも持続できない。


「はぁ・・・もう、いいです。確かに里乃さんにも皺が取れなくなるよって脅されましたし、この顔ってちょっと疲れるんですよね・・・」

溜息交じりにぷにぷにと強張っていた自分の頬を揉み解しているセイの言葉に、総司が噴き出した。

「じゃあもう止めてくださいね。それとこれからは内緒事はしちゃ駄目です。 私はあなたの上司で、何たって念友なんですから♪」

得意げに言い出した総司にセイが固まった。

「土方さんがね〜、『手篭めにされかけて反撃しなかったなら、そっちの方が 士道不覚悟で切腹だ〜!』って言ってたんですよ。
 だから神谷さんの件は 私闘なんかじゃないですって。
 今後、また同じ事があったら私が念友として 相手を切り捨ててあげますね〜」

にこにこと言う総司にセイが呆れる。

「さすがにそれは私闘とされますって。切腹になりますよ、先生」

「えぇ? そうなんですか〜? だって念友の仇は念友が晴らすものでしょう?」

「副長は衆道がお嫌いなんですから・・・って、誰が念友ですかっ?」

「ん〜、じゃあ内緒で私が斬っちゃって、神谷さんが斬った事にするとか」

「いや、それは士道不覚悟ですって・・・人の話を聞いてます?」

「え〜? でも神谷さんの仇は私が取りたいです〜。藤堂さんばっかりズルイ〜」

自分の問いに答える気のない総司に呆れ交じりの溜息を吐き、セイは空を見上げて呟いた。

「ずるいって何ですか。・・・それにもうあんな事はご免ですよ。二度と嫌です」

「・・・・・・・・・」

突然黙った総司を不思議に思い振り向いたセイは、じっと自分を見つめる真剣な目から
視線を外せなくなった。

「本当に、もう二度とそんな目に合わないでくださいね。
 ・・・冗談ではなく、私は本気で 相手を斬り捨てますからね。
 貴女が辱められるのも、笑わなくなるのもご免です。 いいですね?」

静かだけれど強く乞う口調にセイはこくこくと頷いた。

そんなセイを両腕で柔らかく抱き締めた総司は、すりすりと髪に頬ずりしながらほうっと息を吐く。

「本当にねぇ、貴女は人気者だからこういう事も起きちゃうんですけど、もう心配で心配で・・・。」

優しい呟きに腕の中でえぐえぐと泣き出したセイの背中を撫でる。

「我慢してた分、泣いちゃいなさいな。でも泣ききったら久しぶりに笑顔を見せてくださいね。
 誰より先に見る権利は私にあると思いますもん。」

た〜くさん心配したんですからね〜、と子供のように言い募る口調がセイの心の細かな傷を癒してゆく。
優しい壬生の風に撫でられてセイの濡れた頬が乾く頃、総司の腕の中で大輪の花が開いた。
久しぶりに見た花の笑みに、野暮天黒ヒラメが赤ヒラメと化したのは当然の成り行きだったと言えよう。

そしてこの後屯所では、セイの背後をついて歩く一番隊組長の姿が頻繁に見かけられるようになり、
下心を持ってセイに近づこうとする隊士はよからぬ事を考える余裕が無くなるまで、
一切の容赦無く稽古で体力を搾り取られるハメとなった。
せっかく藤堂達が噂を広めていた者達を片付けたにも関わらず、結局総司とセイの念友説は
こうして延々と隊士の間で囁かれ、いつのまにか事実として浸透してしまったのだった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
一期一恋:那由さまより
頂戴しました。
セイちゃんがどうがんばっても、隠すことができない性別のこと。
斎藤先生の言葉ではないですが、沖田先生を想う故に一層幼気な女性らしさが現れてしまうのではないでしょうか。
そこが彼女のジレンマじゃないかなとも思うんです。
隊の中でも気を抜けない、彼女の居場所はどこにあるんだろう?と思いもしましたが、
沖田先生始め、本当にセイちゃんを受け入れている人々もいるんだよなぁ。良かったなぁ・・・。
と、お話を読ませて頂いてうんうん、と頷いている自分がいます。
那由さん、ありがとうございました^^

2008.01.13空子

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