早く 大人になりたいの

 早く あなたに近づきたいの

  早く 綺麗な女性って言われたいの


だって あなたに 似合う女に なりたいんだもの



化 粧



真っ赤な、ルージュ。
ほんのり、色づくチーク。
キラキラ、光るアイシャドー。
鮮やかな、赤が輝くマニキュア。

机の上に転がった数々のメイク道具。
その前には、そんなものに頼らなくてもいい位の、可愛らしい女の子。
鏡とにらめっこ、しながら、脇に置いた雑誌のように、肌にファンデーションを乗せていく。


「なに、やってんだ?」


不意に掛けられた声に、少女はビクッ、と体を振るわせた。
声の主は、考えなくともすぐ分かる。
この家に住んでいるのは、彼女と、声の男だけ。

「……別に」

顔も見ず、鏡の自分を見たまま、冷たく応えた。
「別に、ねぇ…?じゃあ、その化粧品の山はどうした?」
声の男は、静かに彼女の後ろに立って、マニキュアを手に取った。

鏡に、端整な顔が、映る。

「…返してよ」
「こんだけ買い揃えるのは金かかっただろうが」
鏡越しに、彼を睨む。
そんな視線をさらりと流して、他の化粧品も手に取った。
鏡の前に並んだ化粧品は、メイク下地からアイメイクまで、一通り全てが揃っている。
安っぽいものかと思いきや、有名なメーカー品…今、大物女優がCMしている新作ばかり。
男はため息をついて、眉根を寄せた。
「小遣い全部使い果たしたのか?」
「…歳三さんには、関係ない」
ぷい、と視線を外し、立ち上がり、鏡の中から姿を消す。

ふわり、漂うのは、甘いフレグランス。

「関係なくはねぇだろ。一応お前の保護者だし、担任でもあるんだし」
一呼吸置いて、彼女の腕を取る。
白くて細い腕。
その先にある、細い指先には、マニキュアが華を咲かせている。


「…っ……そんな…っ…関係なら、いらないよ…」


ぶんっ。
勢いよく振りほどいた腕。
小さく唇を噛んで、少女は涙を流した。


「……セイ……?」


男は、その少女の名を、小さく呟いて、ただ、立ち尽くした。





少女の名前は、富永セイ、15歳。
都内の進学校に通う、高校一年生。

男の名前は、土方歳三、29歳。
都内の進学校に勤める、高校教師。

この二人、言うまでもなく同じ高校に通う、先生と生徒だ。
しかし、普通の『先生』と『生徒』の関係ではない。


俗に言う、婚約中…しかも、同棲中の『コイビト』同士なのだ。


二人の出逢いは、学校ではない。
元々、互いの両親が友達で、幼い頃からよく一緒に遊んでいた…
しかし、いつしか『友情』は『恋心』に変わっていった。
キッカケはなんだったのか、分からない。
だが、二人とも想いは一緒で、セイが中二の頃から付き合い始めた。
周りには知られてはいけない、禁断の恋愛。

そんなセイと歳三が一緒に暮らすようになった理由…それは、セイの両親の旅立ちだった。

セイの両親が海外勤務になり、まだ中三だったセイは、両親について行かざるを得なかった。
一度は歳三も、セイも…辛かったが、納得した…が。
どうしても別れることが出来ず、歳三がセイにプロポーズ。
そして、セイの両親に挨拶に行った。


「僕はお嬢さん…セイさんを心から愛してます。離れたくないんです…!今はまだ結婚できませんが、彼女と一緒に生きて生きたい…彼女が日本に残り、僕と一緒に暮らすことを許してください…!!」

「いいよ!よろしくね〜☆」

「「…え?」」


殴られること覚悟で言った言葉は、あっさり笑顔でセイの父親に認められた。
セイも歳三も拍子抜けするほど、あっさり。
実は、治安の悪い海外にセイを連れて行くのは、最初からイヤだったらしい。
それに、友人の息子の歳三くんなら万々歳!…ということで、願ってもない申し出だったらしい。



―――そ、それにしてもあっさりしすぎ…!!
    もうちょっと『娘をよろしく…』とか、お怒りがあってもいいのに……



と、実の娘が少し寂しがったりもするくらい、とんとん拍子に話は進んでいき、今に至る。
セイは3月生まれなので、正式に結婚できるのは高一が終わる頃。
ゆえに今は婚約中、という身だ。

同じ高校になったのは、正に偶然。
セイが受かった高校に、今年歳三に転勤命令が下ったから。
でも、もちろんバレてはいけないので、細心の注意を払っている。
普通の生徒より、話す機会を少なくし、なおかつ、二人とも高校以外のところに恋人がいる、という設定になっている。


年齢、立場…全てが禁断の恋の要素。


そう、言うなれば…もっとも、不釣合いな二人、なのかもしれない。





「…セイ……お前、いったいどうしたってんだよ?いきなり化粧品なんか買い漁って…そんな趣味なかっただろうが」


立ったまま泣くセイの顔を、覗き込む。
顔は手で覆われ、その表情を読み取ることは出来ない。

高校一年生、といったら少しだけメイクをしている子もいる。
だが、セイは全くそういうタイプではなく、しても眉を整えたり、薬用リップのみ。
マニキュアすらしているところを見たことがない。
それなのに、この品揃え。
しかも、可愛らしいセイには、あまり似合わない、大人っぽい色の品ばかり。

小さな、セイ。
昔から一緒にいた。
多分、セイのことを一番よく知っているのは、歳三。
なのに、付き合うようになってから…分からないことが、ひとつ、ふたつ、増えていく。



―――……なんでいきなり泣くんだよ……
    てか、この化粧品も……
    ……ワケ、わかんねぇ……



「…ったく…泣いてるだけじゃわかんねぇよ」

ため息を、ひとつ。
右手で髪の毛をかき上げた。


「わかんないよ…っ…歳三さんには!!!」


「セイ…」
覆っていた手を退け、泣き顔で大声で叫んだ。
「わかんないよ、歳三さんには…」
小さく唇を噛み、もう一度呟いた。



―――…私…何やってんだろ……



自分で、自分の行動に自己嫌悪。
それでも、どうしても我慢できない涙が、溢れ出す。

「セイ…何があった?なんかあったんだったら言え」
全く分からない歳三は、少しイライラ気味にセイに問う。
セイは、しばらく黙っていたが、深呼吸し、唇を開いた。

「昨日…」
セイが、ゆっくり語りだした。





学校帰り。
昨日は大雨…台風が近づいてきていたので、電車などの交通機関が止まる前に学校は一斉下校になった。
セイは自転車通学。
普段は雨が降ってきたらレインコートを着て帰るのだが、今日はさすがにそういう気にはなれなかった。
バスで帰ろう、そう思ったが、セイの家…つまり歳三との家に帰るのに丁度いいバスはない。
しょうがないので、今日だけは歳三と一緒に帰ろうと思い、待っていた。



―――台風は嫌だけど…一緒に帰れるのは嬉しいな…v



自然と、顔がにこぉーっと緩んでしまう。
幸せ。
その想いがいっぱいで、セイは小さく足を動かしながら、玄関に座って待っていた。



―――…変な顔じゃないよね?大丈夫だよね?



手鏡を見ながら、髪の毛を整えて、チェック。
ほのかに顔が赤い、気がする。
学校から一緒に帰れるなんて、特別な日だから…彼に、変だ、なんて思われたくない。

婚約、してても変わらない、ドキドキする恋心。


「…あ。と…っ……土方せん…せ……」


歳三の姿を見て、嬉しそうに駆け寄ろうとしたセイの動きは、ぴたっ、と止まった。
職員室から出てきたのは、歳三だけではなかった。

隣に寄り添っているのは、英語教師の成沢和美、その人も一緒だった。

笑いながら歩いていく姿は、本当によくお似合いだった。
歳三は誰が見ても「カッコいい」と言うほどの、年齢よりも若く見える綺麗な顔立ち。
成沢は正に「大人の女」という言葉がふさわしい、美女…赤いマニキュアと、口紅がよく似合っている。
美男美女。


……自分が並んでいるより、どう考えても、似合っていた。


「土方先生は車?」
「えぇ。成沢先生は?確か電車通勤でしょう?さっき電車止まったんじゃ…」
「大丈夫よ。旦那が迎えきてくれるってv」
「ははっ!仲がよろしいんですね〜」
「そっv新婚ですもの。土方先生も早くご結婚なさったら?」
「ん〜…まぁ、考えときます」

そんな風に笑いながら、職員玄関へ歩いていく。
セイは、なんとなく気まずくって、こそっ、と隠れながらその様子を見ていた。

「……っ……!」

唇を、噛む。
分かっている。
ただ、一緒に職員室を出てきただけ。
ただ、変える時間が同じになっただけ。
成沢には旦那がいて、歳三とは何にも関係ない。
そう、分かっているのに……

胸が、締め付けられる。
自分が、惨めになる。
分かっていたはずなのに、改めて突きつけられた気がした。


歳三と、セイには、大きな差があって
隣に並んだら、すごく、不自然だって………





「……それで、大人に見せたくて、この化粧品を買ったわけか」


こくっ、セイが静かに首を縦に振る。
「…だって、年はどうにもならないし…身長もこれから伸びないだろうし…メイクしか思いつかなかった…んだもん…っ……」
ぽろぽろ、涙を流しながら、それでも意地を張ってるように涙をぬぐう。
「…化粧は学校じゃ禁止だろ」
「先生に怒られても、少しでも歳三さんに似合う女に見えるんだったらいい!」
顔を上げて、歳三を真っ直ぐ見る。
元々白い肌が、ファンデーションのせいで一層白くなっている。
そのなかで、セイの黒い大きな瞳と、泣いたために赤くなった頬が、すごく映えて見えた。

「…歳三さんに……一番似合うのは、私で、いたいんだもん……」

歳三の、顔が熱くなる。



―――……〜っ…!殺し文句だろ…
    っとにもう……可愛すぎる……



「…お前……バカじゃねぇのか?」


「!!はぁ!?何、そのいいぐ」
歳三の言葉に、怒り心頭で言い返そうとした言葉は、言い終わる前に塞がれた。
「…んっ……」
深い口付け。
「……ホント、バカだな」
「……酷い」
長いキスから解放されて、またその一言。
セイは、恥ずかしくて歳三から目を逸らした。
キスの後の歳三の目は、惹きこまれてしまいそうで、いつも慣れない。

「化粧なんかしなくても、お前はいいんだよ」
「…だから」
「つうか、するな」
反論しようとしたセイを、きっぱりとした声で制止する。
「…っ……どうして!?だって、だって」


「これ以上、俺を悩ますな」


「…え?」
考えもしなかった歳三の言葉に、セイはきょとん、目を丸くした。
「…だから……笑うなよ?」
「え、何が?」
「……笑うなよ……」
「だから、なんですか?」
顔を、真っ赤にして、セイから視線を逸らし、小さな声で呟いた。


「嫉妬、するんだよ」


「は?」
真っ赤な歳三から出た、意外な言葉に、セイの涙も止まってしまった。
「だから……化粧なんかしない今でも、お前他のガキ共に人気だろ…ホラ、なんつったか…三年の野球部部長の…」
「……斎藤先輩?」
「そう、アイツからも告られた、って聞いたしな……この前はスカウトされかけたし…高校生のガキ相手にこんなこと思うのも、俺も大概ガキくせぇけど……」
ゆでダコみたいに、真っ赤な歳三。
セイまで、その赤さが伝染する。


「セイのそのままが俺は好きなんだよ……これ以上綺麗になって、俺を困らせんな」


「と…しぞうさん……」
カァッ!
一気に熱が上がる。



―――…どうしよう……
    すっごい、心臓がバクバク言ってる……



「……私、大人っぽくないですよ?」
「知ってる」
「色っぽくもないですよ?」
「…別に気にしてねぇ」
セイと、歳三の距離が、段々近づく。


「……私、歳三さんに似合わない……」
「そんなの、俺とお前が決めることだろうが」


二人の唇が、優しく重なる。
お互いの存在を確かめるような、柔らかな、暖かいキス。
ひとつに、なっていくような、感覚。

「…だから…ホントに化粧しなきゃいけなくなるような年まで、すんなよ?」
「……うん…っ!」

ぎゅ、と抱きしめる…
ふわり、漂うのは、甘いフレグランス。


その香水だけは、甘く優しく、可愛らしいセイにぴったりの香りだった……





「今度化粧するときは、俺に言えよ?」


「へ?何でですか?」
ようやく落ち着いて、セイの涙も乾き、ソファに座ってひと段落。
「さっきするな、って言ったばっかりなのに」



ちゅ。



軽いキス。
セイの顔が、一気に赤くなる。
その、キスをした相手は、にっ、と悪戯っぽく笑った。



「ほらな、チークいらず」

「っっっ!!ばかっ!!!///」






真っ赤な、彼女と、彼。


きっと、次にチーク入らずの化粧をするのは


6ヵ月後の、3月………幸せの儀式で。








桜東風:長閑さまより頂いてしまいましたv

五万打おめでとうございます!
もうホントにキュン死に(by ラブコン)してしまいますv
なぜに長閑さんの作品は可愛らしさの中に色香を感じさせるのでしょうか。
最後の台詞がまた///

いつも頂いてばかりで・・・。
五万打のお祝いなのに^^;

ありがとうございます。
これからも素敵な作品を発表してくださいね。
一ファンとして応援させて頂きます!

2006.09.26 空子




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