西郷星の輝くころに〜夢見る頃を過ぎて〜
            海月のお宿様1周年&五萬打HIT記念フリー小説



 明治十年九月下旬、旧暦ではこの時期ともなると冬支度が始まる頃であるが、新暦ではようやく秋分が過ぎ暑さがやっと一段落する頃である。
 新政府が強引に決めた暦に人々がようやく慣れたこの頃、とある事件------というか反乱が巷を騒がせていた。
『西南戦争』-------西南の役、丁丑の乱、十年戦争などと呼ばれる不平士族の反乱である。
 実は明治新政府はこの反乱が起こる前年の明治九年三月八日に廃刀令、同年八月五日に金禄公債証書発行条例を発布していた。
 この二つは帯刀・禄の支給という旧武士最後の特権を奪うものであり、士族に精神的かつ経済的な打撃を与えるには充分すぎるほどのものであったのだ。
 特権を奪われ、生計を立てることができなくなった不平士族が各地で反乱を起こし、明治十年九月現在では鹿児島で死闘を繰り広げていた。
 平民たちが面白可笑しく西南戦争を取り上げた錦絵を読みふける中、反乱に参加しなかった-------あるいは参加することができなかった貧乏士族たちは複雑な思いで世の中の風潮を眺めていた。





 横浜の港から続く道の街路樹がわずかに色付き始め、海風に秋の気配が濃くなってきたある晴れた日、
総司は浮かない顔をして職場の領事館から帰って来た。土産にしてはあまりにも無粋な英字で書かれた新聞と、
その訳であろうと思われる日本語の書きつけが手に握られている。

「父上、お帰りなさいませ!」

 以前なら妻であるセイが総司の帰りと共に玄関に飛び出してきたものだが、
今はこの年の初夏から共に住み始めた娘のキョウがその代わりを務め、総司にしがみつく。
その愛らしい仕草に思わず総司の顔もほころび、張りつめていた空気が柔らかくなった。

「キョウ、ただいま。セ・・じゃない、母上は?」

 娘と暮らして半年、できるだけ親としての自覚を持とうと父、母というように努力をしているのだが
つい今までの癖でセイの名を呼んでしまいそうになる自分に苦笑する。

「母上はご飯の支度しているの。今日は栗ごはんですって。」

(そう言えば昨日、キョウが栗ごはんが好きだという話をしたっけ。)

 新政府の追手から逃れる為とは言え今まで親らしい事ができなかった分、
躾はともかくセイはついつい娘に甘い顔をしてしまうらしい。
手間暇かかる栗ごはんもその一つだ。

(私が栗ごはんが食べたいって言っても聞き流していたくせに。)

 ほんの少しすねながらも、娘に甘い事に関しては妻に負けない総司は優しくキョウの頭を撫でると、
セイが待っているであろう部屋のなかへと入って行った。

「セイ、ただいま帰りました。」

「お帰りなさいませ、お父上。」

 半分茶化しながらセイは総司に答えたが、何となく浮かない総司の顔を見てセイも表情を変える。

「旦那さま、領事館で何かあったのですか?」

 訝しげに尋ねるセイに総司は首を横に振り、手に持っていた英字の新聞と、
それを訳したと思われる紙切れをセイに見せた。その紙切れを読み、セイの表情が一変する。

「旦那さま・・・・・これ・・・。」

「そうなんです。西南の役が終わったそうですよ。簡単な翻訳はしてもらったんですがもう少し詳しいことが知りたくてアーネストさんから新聞を貰ってきました。暇なときでいいから訳しておいてくれませんか。」

 蘭法医の娘で、もともと簡単な阿蘭陀語の文章が読めたセイは、この頃では内職と称して英文の本の翻訳なども手掛けている。
 昔から暇があれば何でもやりたがる性格の妻を知っているだけに総司も家庭の支障にならない程度なら、
ということでその内職を許していたがまさかこんなところで役に立とうとは思わなかった。

「わかりました。明日にでも翻訳します・・・・・日本の新聞じゃあてになりませんしね。」

 当時の新聞はそれほど部数も多くなく(明治7年の東京日日新聞で15000部突破)しかもかなり新政府よりの御用新聞と酷評されるようにどうしても見方が中立とは言い難かった。
 函館から逃亡して九年、治外法権によって守られている横浜の地に暮らす総司とセイにとって外国の新聞と比べものの見方や取材の仕方が劣る日本の新聞は、はっきり言って信用できるものではない。
 セイの翻訳の練習も兼ねて総司が領事館から読み終えた新聞を貰ってくるようになったのはごく自然の成り行きであった。




 その日の夕餉は総司とキョウが大好きな栗ごはんであったが、それにも拘らず夕餉はともすると沈みがちであった。
この当時としては珍しく家族そろっての食事であるにも、である。(たいていは家の主や跡継ぎが食べ終わってからそれ以外の男子や女子たちが食事を取るのが当時の常識であったが、総司が領事館の警護の仕事につき西洋の食事スタイルに馴染みがあったせいと新選組時代の皆で食べる賑やかな食事の方が性に合っているとのことでこの家では三人そろって食事を取ることにしていた。)
 総司やセイをここまで気落ちさせているのは二人が読んだ読売の記事であった。
その内容は反乱軍の首謀者の死によって西南の役は終わりを告げたという事--------武士の矜持をかけた戦は新政府軍によって鎮圧されたという事であった。

「斉藤さん、いえ今は藤田五郎さんでしたね・・・無事でしょうかねぇ。」

 総司は官軍として西南の役に参加している斉藤が心配であった。噂では銃撃戦で負傷したと聞いている。
剣技であれば誰にも引けを取る事はないが、銃となると話は別である。
一昨年再婚しさらに長男まで授かった斉藤がこんなところで大怪我をするようなことがあったら、と思うとやはり心配である。

「兄上は平気ですよ。」

 総司の杞憂を晴らしたのはセイの言葉であった。

「東京日日新聞にさいと・・・じゃない藤田先生の活躍が大々的に乗っていたそうですよ。何でも『天才的な剣技と指揮力で、薩摩兵を圧倒。大砲2門を奪取』ですって。あそこの新聞ですから話半分だとしても新聞に載るくらいの活躍をなさっているんですもの。大丈夫ですよ。」

「ははは、さすがだなぁ。昔からあのひとはかっこよかったですからね。」

「ええ、さすが兄上です。」

 そのセイの手放しの褒めように総司は何か引っかかるものを感じた。
確かに新聞にも載るような武勲をたてた斉藤はさすがだと思う。
しかし、昔同じ女子を思っていた恋敵でもあるのだ。
そんな男を手放しで褒める妻を心穏やかに見ていられるほど総司は大人ではなかった。

「・・・セイ、せめて私の前では肯定するの止めてくれませんか?仮にも恋敵だったんですから、藤田さんは。」

 軽い焼餅であったが、それに反応したのはセイではなかった。

「え〜父上!キョウ、そのお話しらな〜い!」

 恋を夢見る少女にとって、父母の恋の話は聞きたくて聞きたくてしょうがないものである。
特に赤子の時から両親と離れて暮らしていたキョウにとってそれは自分と親との空白をつなぐ貴重な話でもある。


 かくして総司はセイが汚れものの後片付けをしている間、キョウに斉藤と自分の話をず〜っとさせられる羽目となった。








「・・・・・不思議なものですねぇ。十年前は新政府軍として私たちを討伐していた西郷が賊軍として討伐されるなんて。」

 しつこくまとわりつくキョウを寝かしつけた後、総司とセイは縁側に出て酒を酌み交わしていた。
中秋の名月には遅く、重陽の節句にはまだ早いが愛でるものには困らない。
庭には秋の花が咲き、鈴虫も静かに鳴いている。銚子に入れた人肌の酒に早咲きの菊を浮かべ、
その程よい香りを楽しみながら交わす酒は二人を心地よい酔いに誘った。
 すでに月は西の空に沈み、南東の空には不気味に紅く光り輝く蛍惑--------火星が出ている。

「俗悪な読売であの星が『西郷星』だって書いてありましたよね。」

 菊の香がほんのりと移った酒をちびりちびりと飲みながら総司がつぶやく。
セイは空になった総司のぐいのみに酒を継ぎ足しながらそれに答える。

「・・・・・でも、なんだか最後の武士の悲しみの色に思えます。」

 鈍く光る蛍惑はまるで血の色を連想させる。その色はセイに十年前の死闘を思い起こさせた。

「最後の武士の悲しみの色ですか・・・・・・確かにそうかもしれませんね。身分の差が無くなったのは決して悪いことじゃないと思いますけど、それと同時に何か大切なものを無くしてしまったのかもしれませんね、私たちは。」

 断髪令によって髷を切られ、廃刀令によって二本(かたな)を奪われた武士はどこに己が矜持を持てばいいのか-------総司や斉藤のように技量を生かせる領事館の警備員や警視官になれるものはごくわずかである。
 慣れない商売に手を出して破産するものや自暴自棄になって犯罪を犯す元武士も後を絶たない。
今回の西南の役はそういった武士たちの不満が一挙に爆発したものなのである。もともと自分たちを追い立てた相手でもあるが同情を禁じ得ない。

「最後の武士は近藤先生や土方さんとばかり思っていたんですけどね・・・・。」

 総司のその言葉にセイは少しムッとする。

「先生だって立派な武士じゃないですか!」

 セイも少し酔っているのであろうか。
総司をつい昔の呼び方で呼ぶなどと最近では--------特に娘と暮らすようになってからは--------無かったのに。
総司はくすくすと笑いセイの肩を引き寄せる。

「いくつになっても可愛いなぁ、神谷さんは。」

 総司もふざけてセイを昔の呼び方で呼ぶ。その呼び方にセイは恥ずかしさを覚え、耳まで真っ赤に染めてしまう。

「私はね、とっくの昔に武士は捨てましたよ。函館で武士の私は死んだんです。」

「せ、んせい?」

「私はね、近藤勇にも土方歳三にもなれないんですよ。愛しい妻子を置いて一人死地に向かう事も、心通わせる相手を作らず最果ての地で死にゆくことも--------昔は私も二人のような武士になれると信じてましたよ。だけどね・・・・・二人が死んだ年齢になって思うんです。あの二人はやっぱり特別だったんだなぁって。」

 秋の気配が深くなっている夜、酒を飲んでいるとはいえ二人の身体は徐々に冷えてゆく。
セイは冷えた身体を温めるように総司にさらにすり寄った。
その温かさは冷えかけた総司の心にじんわりと染み透ってゆく。

「それでも・・・・・それでも先生は武士です。誰も認めてくれなくても・・・・先生ご自身が認めなくなっても、私にとっては先生が・・・・・沖田総司が私にとってのたった一人の最後の武士なんです。」

 十年前に千駄ヶ谷で捨てたはずのその名前は、総司に若き日の情熱を思い出させた。
総司はさらに腕の中のセイを強く抱きしめる。


 月の無い闇の中、西郷星は武士の世の断末魔の叫びをあげるかのごとく輝き続けていた。


 


                   《終わり》



うみのすけ様、1周年記念&五萬打HITおめでとうございます!!

『海月のお宿:うみのすけ様
』1周年記念&五萬打HIT御礼記念のフリー小説を奪取させていただきました♪
'『天才・近藤勇、土方歳三』に対しての『ふつ〜の男・総司』'
うみのすけさんが感じる総司像に私もにんまりしてしまいました。
真っ直ぐにその道を歩くことしか知らなかった彼は、家庭という大切なかけがえのない物を手にして、本当の自分を見つめることができたんじゃないかなぁ。
そんな風に感じました。

これからも、一ファンとして応援させて頂きます!
素敵な作品をありがとうございました^^

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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