二年参り

「ねぇ、久しぶりに男装をしてみる気はありませんか?」

 良人である総司にそう言われたのは、大晦日の昼のことであった。

「旦那様、一体どういう風の吹き回しですか?」

 洗い髪を乾かしながら怪訝そうにセイが問う。家だけでなく、身も心もきれいさっぱりと新年を迎えようということらしい。

「だって今夜のお参り、人が多くて大変だと思いますよ。女子の格好だとなかなか動きづらいじゃないですか。去年だってはぐれそうになりましたし。」

 セイと一緒にセイの髪を手ぬぐいで拭きながら、苦しい言訳を総司はする。そもそもお参りにいくのは本当に近くの−------一町と距離のない場所であるし、いい大人なのだからはぐれたってお参りを済ませたらさっさと帰ってくればいいだけの話である。それなのに何故総司がこのような提案をするのか・・・・・要は妻と並んで歩きたい。只それだけのことなのである。
 『男女七歳にして席を同じゅうせず。』といわれた時代である。新政府に変わったからと言って人々の意識が変わるわけでもなく、夫婦であっても昼間から同伴して歩くことは非常にみっともないことだと認識されていた。
 新政府の残党狩りを逃れるように二人が暮らしている横浜では、それでも普通に男女が並んで歩くのだが、あくまでもそれは外国人同士か、または外国人と日本人の遊女の同伴である。日本人同士ではまだまだそれは許される空気ではないのだ。京都時代にはごく普通に並んで街中を歩いていたのに、セイが妻になってからはかえってそういうことが出来なくなっている矛盾が、総司は気に入らないらしい。

「夜ならばれませんよ。たまには往来をあなたとふたりで並んで歩きたいんですよ。昔のように。」

そう熱心に説得されるとセイも悪い気はしない。

「じゃあ、今晩だけですよ。もう私も子供ではないんですから。」

かくして、セイは昔のように男装をして二年参りに行くことになった。






 新選組時代の形見である男物の霰小紋の小袖に小倉の袴、そして簡単に束ねただけの長い髪を隠すように帽子をかぶると、セイはまるで少年のようであった

「こういう格好も似合いますね。」

総司はまぶしそうに自分の妻を見つめる。

「今日だけですよ・・・。」

頬を桜色に染めてセイは俯く。そういう風情はさすがに過去には無かったものである。

ごぉーん・・・・・。ごぉーん・・・・・・。

除夜の鐘がどこからともなく鳴り始めた。

「始まりましたね。・・・・・そろそろ出かけましょうか。」

総司はセイに手を差し伸べる。まるで京都にいた時のような錯覚をセイは覚えた。恥ずかしいやら懐かしいやら不思議な気持ちでセイはその手を取った。
 二人が家の外に出ると、お参りに向かう沢山の人々が道を埋め尽くしていた。。あまりの人の多さに総司は思わず妻の肩をぎゅっと抱き寄せる。

「だ・・・旦那様?」

その力の強さに総司の顔を見る。

「はぐれるよりはいいでしょう?」

総司はさらにセイの肩に乗せている手に力を入れる。

「百八つの煩悩か・・・・。」

総司はふと呟く。

「どうしても払いたくない煩悩はどうしたらいいんでしょうね?」

「そんなものがあるんですか?」

「ええ、ありますよ。"セイ"という名の可愛らしい煩悩と、"甘味"という美味しい煩悩は払いたくないですね。」

 どうやらセイと甘味は同列であるらしい。しかしそんなことはすでに分かりきっているセイは平然としたものである。

「払いたくないなら・・・・。」

セイは背伸びをして、総司の耳を塞ぐ。

「聞かなきゃいいんです。百六個しか。」

そういうセイに総司はにこっと笑い、同じようにセイの耳を塞ぐ。

「あなたは百七個聞いてくださいね・・・私まで払ってほしくはないですから。」

「ずる〜い!私だって旦那様のほかにもう一つくらい払いたくない煩悩くらいありますよ。」

「だめです、私以外許しません!例え甘味であっても。」

 傍からみたら衆道の二人の痴話げんかそのものである。それも京都時代と変わりがない。ただ、違うのは二人っきりの年越しだということ・・・・・新しい年がまた始まってゆく。




                

あとがき》
お年賀に糸引き汁粉を提供してしまいました(笑)
。年末拍手の続きの明治夫婦物です。今回はオフが忙しくてろくに明治の風俗をおさらいしなかったのですが、大体明治五年ごろ、断髪令が施行されて横浜〜品川間に鉄道が通った頃の設定で書いています。幕末から明治っぽくなってきた頃で結構好きなんですよ、この頃って。いつかは幕末の話とこの明治時代の話をつなぐ話を書きたいな〜とは思っているのですがいつになるやら(笑)。ただいま下調べ中ですv

「海月のお宿:うみのすけ様」より頂いてしまいました。
年末にお会いしてたとっても素敵なお姉さまですv
「払いたくない煩悩」誰にでもあると思うのです。
でもね、沖田さんも欲がない・・・。私なんて、きっとあれもこれもで半分くらい耳を覆いたくなるかもしれません(笑)
いつまでもこのあま〜ぃ雰囲気の二人でいてもらいたいなと思ってしまいます。
うみのすけさん、ありがとうございました^^
2007.01.08  空子

 

 

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