動き出す時間

 

久し振りに琴を弾いた。

芸妓だった頃の話をどこからか知った客からたまに所望があるのだ。

そんな時は、噂で耳に入った亡くなった想い人のことを思い出してしまう。

初めは信じられなかった突然の別離。

身分の違いから、素直になれなかった自分。

 

(祐馬はん・・・)

 

どれだけ後悔をしたか・・・。

 

「明里ねえさん。神谷はんがいらしてます」

志津に声を掛けられてふと我に返る。

大変な世に一人残された妹を思って祐馬が引き合わせたのか、話に聞いていたセイと偶然に出逢った。

偶然の出会いの後何度となく足を運んでくれて、

セイの存在は本意ではないこの生活に平和な時間をもたらせてくれている。

「明里さ〜ん♪」

明るいセイの声。

良いことでもあったのかもしれない。

「おセイちゃん!そのキズは??」

勢いよく飛びついてきたセイの袖から覗いた細い手首に見逃せない紫に変色し始めた痛々しい痣。

「あ、コレ?稽古でヘマしちゃって・・でもね」

セイが笑った。

女子の肌に傷がついて悲しむのではなく何故笑っていられるのか・・・。

「でね、沖田先生が・・・って明里さん?」

「本当に大好きなんやね」

「違うってば。あんな方、こっちから願い下げです〜っ」

クスクス笑う明里にセイが真っ赤になって全身で抗議する。

(素直やないんやから)

 

 

『里乃』

 

 

呼ばれて、真っ直ぐに自分へと差し延べられた手を嬉しいのに何度気付かない振りをしただろう。

素直になれなかったのは自分も同じで・・・。

一人の女として素直に好きというこの気持ちを伝えればよかった。

会いたくて仕方なかった どこにいても何をしてても

悔いても悔いても もう戻れない。

 

「明里さん?」

 

ふいに呼ばれて顔を上げると、祐馬と同じ光を放つ瞳が目の前に。

「明里さん??」

「・・・何ともあらしまへん。堪忍え」

突然の明里の涙にセイは戸惑ってしまい慌てる。

その様子がまた祐馬と重なってしまう。

この子にだけは自分と同じような道を辿ってもらいたくない。

大事な、とても大切な人の妹。

「おセイちゃん」

「ん?」

「時間は待ってくれへんよ」

「え?」

「気持ちを大事にせな」

そっとセイの痣をいたわるように撫でた。

「?」

意味がわからないと首をかしげるセイに明里が笑い掛ける。

「明里さん・・・・」

どこか寂しげな明里の笑顔にセイは何も言えずに見つめていた。


 

どんなに想っても、振り返ってもその時間は戻っては来なくて

自分は立ち止まったままなのに

 

・・・・それなのに、季節は思ったよりも進んでいる。

 

 

 

 

「・・・姐さん、明里姐さん」

「なんやのお志津?」

おかしそうにおなかを抱えて志津が明里の元に走り寄る。

袖を引かれて振り向くと、

「や、あの・・」

照れくさそうに頭を掻く優しそうな顔のいつぞやのお武家様。

「山南先生・・・?」

呼ばれて笑う山南につられて頬が緩む。

 

 

止まりかけていた明里の時間が動き出すのはもうすぐ。

 

 

 

サスケの「青いベンチ」を聞いていたら、
セイちゃんが明里さんと会ったあたり〜7巻くらいのお話が浮かびました。
大切な人・忘れられないコト。
あると思いますが、少しずつ少しずつ、前へ向かって進んでいる。
人って自分で思うより強いと思うんです。

2005.04.18  空子

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