宵闇の語りべ

 

「・・・ってな話があったわけだよ」

暗い部屋の中、ヒソヒソと話す声が規則正しい寝息や高イビキの中に混じる。

時折息を飲む音や声にならない叫び声。

「次、お前の番だぞ」

言われた隊士がゴクリと唾を飲んだ。

「これは、幼い頃に聞いた話なんだが・・」

セイは布団をかぶり座り込んでジッと斜向かいに座る隊士の声に耳を傾けていた。

(・・・なんでこんなことになってんの?)

隊長の沖田が宴会の席に招かれて留守なことを良いことに、

『秋の夜長に』と疲れを知らない若い隊士中心で少しでも娯楽をと怪談話を始めたのだった。

隣の山口は顔面蒼白で枕を抱え込んでいる。

セイは別段怖がりというわけでもないらしいと自己発見をして、

周りの状況を客観視できるだけの余裕があった。

「・・でな、その辻に立つ女がこちらに声を掛けるんだよ。『もし』って」

女は通り掛かる人に声をかけていくけど、人通りも少なく誰も応えようとしなく素通りしていく。

「急いでなかったし暗かったし、女一人じゃ不憫と思って立ち止まったそうだよ」

『どうされましたか?』声を掛けるが女はか細い声で『もし』と言うばかり。

男が「はい?」応えた時だった。

「女は薄気味悪く笑ったそうだ」

「・・それで?」

「ぎゃーっ!もういいっ。やめてくれっ!!」

わぁわぁと声が上がる。

話を続けようとすると枕を投げ付ける者。

続きを聞きたいので促す者。

寝ていた者まで起きてしまう騒ぎになってしまい、隣の三番隊部屋から苦情まできてしまった。

「お開きだな」

年配の隊士がパンパンと手を叩くと不満そうに皆は自分の寝床へと戻っていった。



(・・・眠れない)

しばらくはヒソヒソ声がして皆が起きている気配もしていたけれど、

時間が立つとそれは穏やかな寝息に変わり静かになった。

虫の音さえも聞こえない。

話を聞いている間は平気だった筈なのに、眠れなくて頭が冴えてくると、

どうしても先ほどの話題が思い出されてしまって落ち着かない。

隣に目を向けるけれど、いつもいるはずの沖田の姿はなくだんだんと心細くなってきてしまった。

なんだか寝付けなくて、喉も乾いたので気分転換にとこっそり部屋を抜け出した。

明かりを持つわけにもいかず、月が仄かに辺りを照らすのを頼りに

落ち着こうと月を見上げながらゆっくり歩みを進めた。



水を飲んで一息ついた頃、頼りにしていた月が雲に隠れて辺りは闇に包まれた。

(戻ろっ)

気分転換になるどころか先ほど中途半端に終わってしまった話が

急に気になって余計に恐くなってきてしまった。

雲の狭間に見え隠れする月のその不安定さに余計に心細さを感じる。

人なんていないのに、背中が妙にざわざわする。

自然と歩みが早くなる。

辺りを見回しながらあと一つ曲がれば部屋に着くという所まできて少し肩の力が抜けた。

胸を一撫でして廊下を曲がろうとした時だった。





「もし・・」




「・・・ぇ?」


ふいに聞こえた声に反応してしまい、セイは慌てて口許を押さえた。



「もし・・」



『その問い掛けに応えた時・・』

 


頭の中で見てもいない想像上の女がニタリと笑っている。

「・・・っ!」

セイは落ち着こうと大きく息を吸って吐いて握り拳を作ると思い切って駆け出した。

「あれ?」

辺りを見回すけれど人の気配はない。

(うそっっ!!)

血の気が引くのを感じてセイは勢いよく駆けだした。

 

隊士達が眠る部屋へと戻り脇目もふらずに自分の布団へと転がり込む。

 

(どうしよぅっ、どうしよ〜っ!)


面白半分で聞いていた怪奇話、自ら体験してしまったのかもしれない。

布団を頭からスッポリと被って着物の合わせを握りしめた。

密閉された空間だからか鼓動が早くいつもより大きく感じる。

 

ポン

 

(・・・・?)


ポンポン


(?)

布団を叩かれて思わずビクリと反応してしまった。

「・・・・・・」

体中から嫌な汗が流れるのを感じる。

(な、なに?)

「・・・さん?」

「?」

小声で話しかけてくる何だか聞き慣れた声。

「神谷さん、どうされたんですか?」

心配そうな声音に布団を少しめくり視線を上げると

いつの間にか戻っていたらしい沖田が暗闇で表情は見えないけれど

こちらの方を見ているのが気配でわかった。

「沖田先生・・・?」

「慌てた様子でしたけど、何かあったんですか?」

「・・・じつは、さっき・・」

声を聞いたら少し落ち着いてきたので寝る前の怪談話を少し話した。

「夢を見たと思えば怖くないですよ」

ポンポンと布団をあやすように叩かれた。

(もしかして、沖田先生って『ソウイウノ』見える人??)

落ち着いた筈の鼓動がまた跳ねた。

血の気が引くのを感じる。

混乱に頭を抱えた時、ズルズルと何かを引きずる音がしてセイは体を起こした。

「・・・・?」

見ると沖田が布団を寄せていた。

「これで、怖くないですよー」

近くに人の気配があるというのは幾分か気持ちが落ち着くものだ。

「・・・・はい」

横になると、クシャリと頭を一撫でされた。

それだけで落ち着いてしまい、セイは眠りについた。

 

 

「神谷早いな。昨日はちゃんと眠れたか?」

翌朝、身なりを整えて朝の稽古場へ向かうと

一緒に話を聞いていた隊士が「俺は眠った気がしない」と大欠伸をしていた。

「私もです。そういうの、苦手みたいで・・・・」

二人で顔を合わせて苦笑した。

「早いなお前達、・・・もしかして、眠れなかったのか?」

おかしそうに昨日の話し手の隊士が笑った。

「お前のせいで俺は夢見てしまったぞ」

昨晩の話手が稽古場に入るなり捕まえると相手の肩を揺さぶった。

中途半端な終わり方だったので余計に気になって夢に出てきたのだという。

「怖がってくれたなら良かったよ」

話し手は悪びれることもなく言った。

「続きが気になるなら沖田先生にでも聞くんだな」

「「え?何で沖田先生??」」

重なる声。詰め寄る二人に話手の隊士は一瞬たじろいだ。

「あの後さ、どうしても気になるっていう奴らに起こされて部屋を出て話したんだよ」

「そうだったのか??」

どうやらセイが部屋を出た後の話らしい。

そこを戻ってきた沖田に見つかって事情を話したところ、

面白そうだからと沖田も話の輪に加わったのだという。

(ん?)

セイはふいに頭に昨日の情景が浮かんだ。

『もし・・・』

あの声、あの時は慌て過ぎて気づかなかったが思い返してみれば

女性の声ではなかったような気もする。

(もしかして・・・っ)

 

「おや、みなさん早いですねぇ」

のんきな沖田の登場に、セイは血が上るのを感じた。

「どうした?神谷」

握り拳を作りわなわなと震えだしたセイに隊士が声をかける。

「・・・沖田先生、昨晩はよくも驚かせてくれましたねぇっ」

「え?何で私ってわかった・・・」

「やっぱり〜??」

「あ・・・」

かまかけられたことに気づき慌てて口を両手で塞ぐけれど後の祭り。

セイが竹刀を殺気満々で構えた。

「だって、ほら、ね?神谷さんって『そういう類』も吹き飛ばしそうですし、

あんなに驚くなんて思ってなかったんですよー。

それに、悪いなって思って慰めてあげたじゃないですか〜」

確かにあやす手も、かけられた言葉も優しかった。

(・・・・でもっ!)

流されてはいけない。

もしかしたら部屋で声をかけてくれた時、表情は見えなかったけれど

慌てる自分を見て笑っていたのかも知れないのだ。

(安心してしまった自分が馬鹿ばかみたいじゃないっ!)

後ろへ一歩、二歩と下がりながら一気に捲し立てる沖田が腹立たしくて

殺気をそのままに詰め寄った。

「うわぁ、ごめんなさい〜っ」

「逃げるな〜!!」

逃げる沖田を鬼の形相でセイが追いかける。

「神谷、物の怪より怖いぜ・・・」

しばらく隊士達の語りぐさになったとかならないとか・・・?

 


季節外れなお話ですが・・・^^;
生きている人間が一番怖いとはわかっていても
怪談話やそういった現象って怖いですよね><
おふざけのつもりでセイちゃんを驚かしてもらいました。
でも、その報いはやっぱり受けなくてはならないわけで・・・・。

2004.12.26 空子

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